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大阪地方裁判所 昭和26年(ワ)1152号 判決

原告 国際スポーツ振興株式会社

破産管財人 村本一男

被告 平野信治郎

〈外一名〉

被告両名代理人 吉田秋広

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一、訴外国際スポーツ振興株式会社(破産会社)は、体育競技の振興に関する事業、その振興に関する施設等を目的とする会社であつたが、原告主張の日時に大阪地方裁判所で破産の宣告をうけ、原告が同日その破産管財人に選任されたことは被告等の明かに争わないところであり、本件土地が、もと訴外赤川敏夫同姥谷嘉平の所有であつたことは当事者間に争いがない。そして、証人中島要一の証言によつて真正に成立したと認める甲第五号証、乙第一号証、証人田中嘉蔵の証言によつて真正に成立したと認める甲第四号証、証人矢野多聞の証言によつて真正に成立したと認める乙第二号証の二に証人中島要一、同田中嘉蔵同島本禎一、同奥野政一、同矢野多聞、被告平野信治郎本人の各供述を綜合すると、次の事実が認められる。

破産会社は、昭和二三年一月頃競技場の敷地にあてるため本件土地を欲していたが、その買受け資金がなかつたので、当時破産会社の経営に実質上関係していた訴外中島要一に依頼してとりあえず、同人が、前記赤川、姥谷から買受けてその所有者となつていた訴外株式会社万成社より本件土地の転売をうけた。そして、破産会社は、その頃右中島から本件土地を代金九五万円で買受ける約束をし、内金四七〇、〇〇〇円位はこれを支払つたが、なお残代金四八〇、〇〇〇円があり、これを同年三月一九日までに支払わないと契約を解除せられ、なお支払済の内金までこれを没収せられることになつていたが、当時破産会社は他に約二百万円の負債があるのに、財産もなく運営資金に困つており、しかも当時時価百万円を下らない価値を有していた本件土地を失えば会社の重要な目的である競技場の経営に支障をきたすので、本件土地を確保しておく必要があり、右弁済資金の調達に苦慮していた。そこで、当時破産会社の代表取締役であつた訴外中村欽一は、右弁済資金にあてるべく同年三月一九日被告信治郎より金五〇万円を、弁済期を同年四月三〇日と定めて借受け、そのうち金四八万円を中島に対する右残代金の弁済にあて、同人から本件土地に関する権利証、委任状等登記に必要な書類の交付をうけ、一方被告信治郎に対しては、右債務の支払のため、元本に、弁済期までの利息金九万円を加えた金額五九万円、満期を右弁済期と同日とした約束手形一通を振出し(この約束手形の振出については当事者間に争いがない)、担保として、本件土地の所有権を同被告に譲渡し、満期に右手形金の支払がないときは、同被告に当然本件土地の所有権を取得せしめる旨の譲渡担保契約を結び、本件土地に関する前記関係書類を同被告に交付した。以上の事実が認められるのであつて証人田中嘉蔵の供述中以上認定に反する部分は、前記証人島本禎一、同奥野政一の供述に照し記憶違いと認められるので、採用しない。なお、被告平野信治郎本人の供述のうち、右認定に反する部分は、同本人の供述を除く前記各証拠に照して信用できない。そして、前記約束手形金は、満期に支払がなかつたこと、その後被告信治郎が本件土地を被告正博に譲渡したことについては、いずれも当事者間に争いがない。

二、原告は、前記譲渡担保契約の締結は破産会社の目的の範囲を逸脱したものであり、また株主総会の特別決議を経ていないから無効であると主張するので、先づこれらの点について考えてみよう。

株式会社の目的自体に包含されない行為であつても、目的遂行に必要な行為は、目的の範囲内に属するものと解するのが相当であるが、破産会社が前に認定したような事情のもとに、弁済資金を調達するため本件土地を譲渡担保の目的に供したことは、破産会社の目的遂行に必要な行為というべきであり、その結果破産会社の目的である競技場の経営に支障をきたしたとしても、右行為が、会社の目的範囲を逸脱したものといえないから、右行為が同会社代表取締役の権限外の行為であるという原告の主張は理由がない。また商法第二四五条第一項により同法第三四三条に定める株主総会の特別決議を経る必要のあるのは、営業そのものの全部または一部の譲渡に関する行為であつて、前記のような単なる会社の営業財産の譲渡の場合を包含しないというべきであるから、本件にあつては、株主総会の特別決議を必要としない。従つて、前記譲渡担保の設定につき株主総会の特別決議を要するという原告の主張もまた理由がない。

三、次に原告は右認定の譲渡担保契約の締結は、破産会社の一般債権者を害する行為であるから、これを否認すると主張するので、この点について考えてみよう。

当時、破産会社は他に約二百万円の負債があるのに、本件土地の外は殆ど資産がなかつたものであり、しかも本件土地の時価は百万円を下らないものであつたことは、前に認定の通りである。従つて、時価百万円を下らない本件土地を五〇万円の債務の担保に供し、しかもその不払の場合には右土地の所有権を被告信治郎に移転するというのであるから、右契約だけをとらえてこれをみれば、いかにも破産会社の一般債権者に対する共同担保を減少させ、他の一般債権者を害するかのような観がないでもない。しかし破産会社が本件土地に前記のような譲渡担保権を設定して被告信治郎から前認定の五〇万円を借受けたのは、中島要一に対する本件土地の買受残代金四八万円の支払に窮してのことであり、右残代金を昭和二三年三月一九日までに支払うことができなければ、右土地についての売買契約は解除せられ、右土地の所有権を取得することのできないのは勿論、既に支払済の内金四七万円位までもこれを没収せられるの危機に立至つて、その救済を被告信治郎に求めた結果であること前認定の通りである。そうすれば右譲渡担保契約の締結は、仮に破産会社が被告信治郎に対する右借受金五〇万円をその弁済期である同年四月三〇日までに支払うことができず、ために本件土地の所有権を被告信治郎に譲渡せざるを得ない立場になつたとしても、破産会社の財産状態としてこれを考えれば、中島要一との売買契約時代に比べ、中島への支払残代金四八万円の外に二万円が破産会社の財産に加えられ、なお破産会社が本件土地の売買代金調達の時期を昭和二三年四月三〇日まで延期せられてその間の時を稼いだだけであり、唯その中間利息として九万円の債務を新たに負担することとはなつたが、これも利息制限法等の関係は暫くこれを措くとしても、時価百万円の本件土地の所有権の喪失を、たとえ一時的にもせよ、右中間利息の支払によつて防ぎ得たものとすれば、これを以て直ちに破産会社の一般担保を減少したものと解すべきではないであろうし、またこれを債務不払のため本件土地の所有権を被告信治郎に譲渡する場合として考えれば、唯本件土地によつて代物弁済せらるる債権額が右中間利息の額だけ増加したというに止まり破産会社の財産状態そのものには何等の増減もないと考うべきであつて、結局破産会社と被告信治郎間の本件譲渡担保契約によつては破産会社の一般担保は何等の減少もしたものではないと考えるのが相当である。そうすれば右行為を以て破産会社の一般債権者を害するものとしてこれを否認せんとする原告の主張は失当であつてこれを採用することはできない。

四、なお原告は仮定的に本件土地を破産会社が被告信治郎から買受けたものと認定せられる場合には、破産会社から中島要一に支払つてあつた金額だけは少くとも被告信治郎から返還せらるべきである趣旨の主張をするが、破産会社と被告信治郎間の本件土地についての関係が右のような売買の関係でないこと前認定の通りであるから、右原告の主張の採用できないことは最早説明を要しない。

五  そこで、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 山下朝一 裁判官 鈴木敏夫 首藤武兵)

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